青年劇場 小劇場企画No.21 「原理日本」 雑感および覚書➀

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 青年劇場の『原理日本』を拝観いたしました。劇団の上演というものを見る初めての経験がこの作品となります。

 四十七年前に久板栄二郎さんが劇団俳優座に書き下ろした同名の脚本の再演ですが、作品に現代的意義が認められたからこその再演なのでしょう。主人公のモデルは、原理日本社という結社の主幹であった蓑田胸喜さんです。青年劇場のこの『原理日本』では「猿田彦市」という名前が与えられています。

 

●上演まで

 時間的に早くに青年劇場のスタジオ結に着いてしまいましたが、近くの公園のベンチでくつろいだり、徘徊したりとするうちに、開場の時刻となりました。誘導や受付の方々のご対応には満足の一語です。こういった劇場は無くなりつつあるそうですが、常連の方々が支えていらっしゃるのであろうと感じせしめられる場面も見受けました。

 

 自由席での案内のもとで、運良く最前列の端の席に座ることが出来ました。舞台演劇はテレビドラマにあるようなカメラ回しが無いので全員の演者の挙動も楽しめるらしいと以前に聞き齧ったことを思い出し、最前列よりも中腹の座席のほうがよいかともあとから感じましたが、結果的には席替えをせずとも問題はありませんでした。

 

 全席が満席です。舞台に配置されてある机や椅子などの全ての小道具類には、今回の演目に関係する事件が載った昭和初期の新聞で綺麗にくるまれており、それは新聞紙の灰色の色調とあいまって、当時の雰囲気が連想させられます。上演が開始される十数分前には、どこか寂しげで怪しげなBGMが流され始め、これから始まる作品の雰囲気作りが整いました。

 

●登場人物たち

 台詞は四十七年前の初演の当時とは若干の改稿が加えられているようです。蓑田胸喜さんをモデルとする「猿田彦市」を演じるのは島本真治さん、「広瀬亘」という転向した経歴のある新聞記者は矢野貴大さんであり、森正蔵さんがモデルと見られます。蓑田胸喜さんの風貌に近いのはどちらかというと矢野貴大さんのほうのように思えましたが、島本真治さんは熊本県のご出身だそうですので適役なのかもしれません。

 

 「猿田彦市」には「ときどき顔面を引きつらせ、神経質にシェッシェッと歯と歯の間から息を吸う妙な癖がある」という設定が初演時にはあったようですが、今回はそういった演技はありませんでした。さすがに設定付けとしては滑稽過ぎたと判断されたのでしょうか。

 

 次に登場するのは「ゆり子」。傍島ひとみさんが演じておられます。「ゆり子」は「猿田彦市」が二十年前に産ませた婚外子ですが、当の本人の蓑田胸喜さんにはそういった遍歴はなく、創作です。

ゆり子「ほなら、学生さんたちにバラしてもいい?二十年前、芝居小屋廻りのズカ・ガールを手ごめにして生ませた子がこの私。浅香の小父様が証人になって下さるわね」。(久板栄二郎「原理日本)」)

ゆり子「かあさんは、すごくあなたを怨んで死んだわよ。あなたは、ご自分の出世のために、かあさんを犠牲にして、今の奥さんと結婚したんでしょ?」(久板栄二郎「原理日本)」)

 この創作は作中で「猿田彦市」が奔放に子供を作ったという自分勝手な側面を際立たせます。本妻は「徳子」で、息子は「彦太郎」。ピコ太郎ではありません。同様に家族たちもまた主人公の「猿田彦市」の言わば異常性を目立たせます。とは言え、実際の蓑田胸喜さんの家族が作中での描写のように滅茶苦茶であったとは最近に出た研究においても伝えられてはいません。創作中では人権侵害行為がなされていると指摘出来ます。

 

 蓑田胸喜さんが師事した三井甲之さんをモデルとする登場人物も存在します。「浅香清嶺」という御歌所の歌人であり、奥原義之さんが演じておられます。関西歌壇の大御所という設定です。「浅香清嶺」は何故か指輪をしており、全身的に本当に若干ではありますがいわゆるオネエ系の印象が認められました。

猿田「歌詠みなんて手合はクソの役にも立たん」

浅香「ほッ?自分は歌よみじゃないみたいな言い方だね。もともと「原理日本」は、歌を正道に戻すために始めた雑誌じゃないか。君が政治の邪道にねじ曲げたんだ」(久板栄二郎「原理日本)」)

 蓑田胸喜さんと三井甲之さんは作歌も含めての終始に亘る盟友でしたが、劇中では「浅香清嶺」は暴走する「猿田彦市」を冷ややかに見ながらも行動を共にするという具合になっており、これもまた際立たせ役の一翼を担っていると言えます。

 そのほかにも登場人物はいます。菊池武夫さんがモデルと思われる軍部出身の政治家である「山路男爵」、岩波茂雄さんは「川波茂雄」、羽生五郎さんの「壬生五郎」などです。女中や書生の端役もいます。作中の人物たちは全員が「原理日本」を「げんりにっぽん」と読んでいます。「真崎甚三郎」の「真崎」の読みが役者ごとに「まさき」あるいは「まざき」であったりと揺れがあるのは耳につきました。